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「イワン・イリイチの死」/文系の仕事

 トルストイイワン・イリイチの死」を仕事の関係で読んだ。恐ろしい本だ。そう感じるのは、自分がイリイチのように生きようとしてるからだろう。イリイチは、ところでひとつのピアノや絵を描かなかったんだろうか?

  最期のイリイチの痛みが、身体の激痛だけでなく、わかってくれる人を作れなかった人生の「切ない呻きの痛み」だ、とトルストイが描くのが、何と言えばいいのか。そして、もう一つ教えられたのは、痛みというのはあまりに切ない呻きなのに、まったく他人が理解も受容れもできないものだということだ。

 ただ、中学生の彼の子どもと、召使いの男性で、彼の足を一晩中持ち上げてくれる人だけが、イリイチを哀れんでくれた。哀れみ=社会的蔑視と変換される社会で生きてきたイリイチが、ただ求めてきたものがそれだ。

 文系の仕事とは、先人の思考を継いで思考をすることだ。なので、アーレント西田幾多郎を、ツールとして利用したり参照できない。かれらの思考を継がねばならない。しかし、そのためには、まずかれらを理解しなければならない。そのためには、かれらが戦っていた問題に迫らなければならない。

(3/11)

新潟以来

 出会いあり、別れありの三月とはいうが、その密度におどろく。新潟が一つの転機になった。

 そもそも、英語でずっと会議したり話したりする2日間はキャパを超えていた。しかも、医学教育の交換留学の話で、私は一人だけ看護学部代表。天ぷらとお寿司を食べて存在するだけの存在だったが、それでも多くの代え難いものを得た気がする。それを道中の医学部のプロフェッサーたちも感じてくれた。(3/8)

看護学部に来て2年

思えば、そろそろ千葉大看護学部に来て2年になる。

その間、エンドオブライフケア専門職連携教育という2つの世界につながってきたけど、その2つの世界はつながっていたとちょっと感じている。

そのつながりを、少しでも言葉にしてければいいのだけれど。

そして、この世界と自分の音楽がつながるというのも、まさか予想できなかった。今年は、より本格的に音楽とつながりを作っていけたらとも思う。

 

・エンドオブライフケア学会で、賢治先生と共演した「Closing Theme」。

www.youtube.com

 

・こちらはJAICのイベントで、織田さんの映像と共演した「Closing Theme」。

www.youtube.com