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「イワン・イリイチの死」/文系の仕事

 トルストイイワン・イリイチの死」を仕事の関係で読んだ。恐ろしい本だ。そう感じるのは、自分がイリイチのように生きようとしてるからだろう。イリイチは、ところでひとつのピアノや絵を描かなかったんだろうか?

  最期のイリイチの痛みが、身体の激痛だけでなく、わかってくれる人を作れなかった人生の「切ない呻きの痛み」だ、とトルストイが描くのが、何と言えばいいのか。そして、もう一つ教えられたのは、痛みというのはあまりに切ない呻きなのに、まったく他人が理解も受容れもできないものだということだ。

 ただ、中学生の彼の子どもと、召使いの男性で、彼の足を一晩中持ち上げてくれる人だけが、イリイチを哀れんでくれた。哀れみ=社会的蔑視と変換される社会で生きてきたイリイチが、ただ求めてきたものがそれだ。

 文系の仕事とは、先人の思考を継いで思考をすることだ。なので、アーレント西田幾多郎を、ツールとして利用したり参照できない。かれらの思考を継がねばならない。しかし、そのためには、まずかれらを理解しなければならない。そのためには、かれらが戦っていた問題に迫らなければならない。

(3/11)